見たこともないセントエルモの火
原子爆弾を投下された日
病に苦しむ人は
どんな顔で病に苦しめば良かったか
大震災の日に
病に苦しむ人は
どんな顔で病に苦しめば良かったか
あるいは戦地で
わしはあの人らに比べりゃあ
と言って謙虚に死んでいくかもしれない
自分の苦しみが小さくなることを実感する瞬間に
どんなノスタルジィがあるのだろうか
僕はまた今日も死んでいく誰かを実感出来ないでいる
関連記事
-
-
黒田三郎
黒田三郎の詩を読んでいると安心する。主人公はいつも冴えない奴、どうしても叙情詩は …
-
-
0207
感動した、現実。この要素は取り入れなければあかん。大事なことはシナリオに入れる、 …
-
-
エレベーターで生きたくなって
会社のエレベーターで偶然出くわした郵便局員の兄さん、密室で二人、兄さんのお腹が鳴 …
-
-
日記は
いかに適当に書くかだいかにいい適当さ加減に辿り着くかだデタラメでいい、言葉にする …
-
-
冬に春
光陰矢の如しというならば一日が一週間、一週間が一ヶ月、一ヶ月が三ヶ月の重みこんな …
-
-
夏以外の夏の一日
U君に会って歩いて歩いて「過去のまつり」渡して、この映画が渡り歩くように頼んだ、 …
-
-
さぶ2
さぶ、本当にいい本やわ結末、読んでてて泣いちゃったわ、この本なら泣いてやろうと思 …
-
-
維新派
最初に観たのは、19歳ちゃうかな、肌寒い秋の夜のコスモスクエア駅を降りて会場まで …
-
-
親友
あいつにはズルさがない「親友」って言葉を思い浮かべた時に真っ先に、一番最初に浮か …
-
-
地下鉄から
座りたい人で溢れる電車があって、誰かが立ち上がると、すっと女性が座る、あまりにも …
