井上真行

INOUE MASAYUKI

*

電信柱と花と俺

 もうあんまり俺がフラフラしているのでしっかり突っ立った電信柱に聞いてみた
何も言わないからそっとキスをした、もっと愛されるべき対象だよなって、俺が言うと
どうも前に小便をかけたことが引っかかっているらしく
むっすりして黙っていた。
これは許しを請うために、何か買ってお詫びせねば、と思った。
    *
あんまり俺がフラフラしているので
たまにはスーツでも着てみようと思い、
大学の入学式用に買ったスーツを引っ張りだして、近くの商店街を探しに歩いた。
何にしようか悩んでとりあえず肉屋で50円のコロッケを買って食った。
腹減ってたので、がっついて食った。
猫舌なんだよ、まだ舌がひりひりしてる、
何だかこれから数時間、俺は痛みと共に付き合わねばならんと思うと、
とりあえずもう普遍的なもんでいいやと思った。
花屋があったのでそこで、適当におすすめの花を包んでもらった。
何でも良かった、きれいだと思えるものなら何でも。
花なんてそんなもんだろ、美的感覚が似たり寄ったりだから汚い花なんて、そうはない。
「誰に送られるんですか?」と聞いて来た、電信柱とはさすがに言えなかったので
とりあえず「大事な、先生みたいなもんです。」とだけ伝えた。
       *
そっと電信柱の下に花を置いた。
とにかくそいつはそれが似合ってしょうがなかった、急に抱きしめたい衝動に駆られた。
体の相性は悪かったけど、とにかく思い切り抱きしめた。
犬を散歩していたおばさんが、悲しそうな顔で俺を見ていた、
そんな悲しい顔すんなよ、花があるってだけで…。
おばさんが軍手をはめているのは、ウンチを拾う時についてしまうのを防ぐためなのか
リードを引っ張る時に擦り傷にならないためなのか、どっちかな、などとくだらないことを考えていた。
すると急激に冷めて、もう電信柱から手を離していた。
昔いた彼女の事を思い出していた、抱き合って、放すときは彼女の方にさせていた。
「お前が放したくなるまで俺はずっとだきしめといてやるよ。」
などと、キザなセリフをわざわざ誇らしげにしゃべった気がする、糞馬鹿だけど、いい思い出。
彼女はやっぱ口ばっかの俺からどっかいっちまった、俺、23歳、フリーター。
おばさんには、もうこんな会話できないんだなとかなんとか、勝手に思って俺も悲しくなった。
少しの間、おばさんと対峙したままでいるとおばさんが俺に歩み寄って来て
「大丈夫かい?」と言ってきた。
急に恥ずかしくなって、うなずくしかできなかった、俺。
おばさんの目はうるうるきれいだった、目ん玉だけに見るのを集中させると、
まだ10代でもやってけそうな気さえしたよ。
       *
俺はそれから日本を縦断し始めた。
毎朝ちゃんと起きてスーツを着て花を買いに行き、
あちこちの電信柱の前で同じことを繰り返す日々を送っている。
大体は素通りしていくがとあるばーさんは、何も言わず念仏を唱えているし、
ある人は、家まで招待してくれて夕飯までごちそうになった。
スーツを着てるし、俺をあんまり怪しんだりはしない、スーツって不思議だな。
食卓では、あまり大笑いする事もないが、電信柱については避けるように自然体で振る舞ってくれた。
しかし、旅費と宿泊代と花を毎日買っていると預貯金残高は底をつきそうだった。
でもいい、これが全部無くなったら、俺はちゃんと働こうと思ってる。
悪い人ばっかじゃないことを確認できたし、
俺は、そんな人たちがやってる、やってきたことを素直に受け入れたいと思った。
いい人は確かにいたんだ。

※パソコンの中を探してたら10年前ぐらいに書いてた。
何も成長してないなと思う。
フリーターという言葉を記号化させてしまいそうなので戒めを込めて

公開日:
最終更新日:2015/04/08